2019年1月21日

身のまわりにある「異分析」


「異分析」という言葉の意味や具体例について調べてみたのでメモメモ…



この記事は異分析についてネット上で参照できる情報を自分なりに解釈してまとめたものです。言語学での一般的な定義や説明とズレていたり、間違った情報が含まれている場合があります。あくまでも学習の足掛かりとして参考程度にご覧ください。


「異分析」という言語学の用語があります。異分析とは、ある語について本来の語源とは異なる解釈を行うこと、あるいはそれによって語の構成や区切り方が変わってしまうことを指します。こう書くとなんのこっちゃわからないと思いますが、実はそんなに難しい概念ではありません。

最も有名な例は「ハンバーガー」でしょう。ご存知の通り、ハンバーガーのもともとの語源はドイツの都市ハンブルク(Hamburg)に er がついたもの…と言われています。オーストリアのウィーンで生まれたソーセージを「ウィンナー」と呼ぶように、ハンブルク風のステーキをサンドしたものを「ハンバーガー」と呼んだわけですね。

ハンブルク アルスター湖の夜景

しかし時がたつにつれ Hamburger という言葉は Hamburg + er ではなく Ham + burger と解釈されてしまうようになりました。つまり「ham(ハム) を挟んだもの」というような別解釈が生まれ、単語の区切り方が変わってしまったわけです。その結果「ハムや肉を挟んだものが Hamburgerなら、チーズを挟んだものは Cheeseburger、鶏肉を挟めば Chickenburgerだ!」などと派生して次々と単語がつくられていきました。

このように異なった解釈によって単語の構成や区切りが変容していく過程を異分析と呼びます。ちなみに異分析は英語では metanalysis あるいは rebracketing といいます。 bracket というのはカッコでくくるという意味なので、rebracketingは「単語の構成要素をくくりなおす」くらいの意味合いでしょうか。つまりもともと [[ham + burg] + er] という成り立ちだったものを [ham + burger] などとその組み合わせを変えてしまうことを指します。日本語の「異分析」は metanalysis からの訳語だと思われます。

日本語での例

日本語における異分析の例には次のようなものがあります。

  • 「潔い」
    語源は「いさ + きよい(清い)」なのだが「いさぎ + 良い」だと解釈して「潔よい」と送り仮名をつけてしまったり「いさぎい」と言ってしまう
  • 「あかぎれ」
    もともとは「あ(足) + かぎれ(ひびが切れる)」という成り立ちだったが「あか(赤) + ぎれ(切れ)」のように区切ってしまう
  • 「おぼつかない」
    この場合の「-ない」は形容詞の一部(「せつない」「あどけない」と同じ)であるはずが、否定の助動詞「-ない」であると解釈してしまい「足元もおぼつきません」などと言ってしまう
  • 「しゃにむに」
    「しゃにむに」でひとつの副詞であるが「むやみに」などの形容動詞と混同して「しゃにむ + に」だと解釈してしまった結果「しゃにむな努力」のように形容詞っぽく活用して使ってしまう
  • 「間髪をいれず」
    本来は「間 / 髪をいれず」と切るが、「間髪」をまるでひとつの熟語であるかのように解釈してしまい「カンパツ」と読んでしまう

最後の例はもしかしたら異分析というより、俗にいう「ぎなた読み」に分類したほうがいいかもしれません。異分析というのは単語とか熟語のような「本来意味的にこれ以上分解できない単位」を対象としたものであり、文全体の構造を解釈しなおす場合は「再分析(reanalysis)」というもう少し広い(上位の)概念になるそうです。まあ、ぶっちゃけこのへんは自分もよく理解していないのでスルーします(テキトー)。

そういえば、むかし「半袖」を「半そ + で(格助詞)」だと勘違いしていた知人がいました。 「今日は暑いから半そで出かける」みたいな。今思うとたぶんあれも異分析ですね。

なんかこう書くと異分析が「間違い」であるかのように見えますが、必ずしもそうとは言い切れません。異分析は言葉が変容していく過程です。それを否定するか許容するかはその外側の話になります。さすがに「チーズバーガー」という語をみて「ハムとバーガーを切り離してんじゃねえ!」と目くじらを立てる人はいませんよね。もしかしたら今の「誤用」が数百年後には「語源」として紹介されているかもしれません。

英語での例

次は英語の例を見てみましょう。これらはすべて英語版Wikipediaのページで紹介されているものです。

  • "Helicopter"
    ギリシャ語由来でもともとは helico(らせん) + pter(翼) で分けるのが正しいが、 heli + copter と区切ってしまったために heliport(ヘリポート) などの合成語が生み出されてしまった
  • "Outrage"
    フランス語で outre(~を超えた) と -age という接尾辞が合わさった単語で「超えてはいけない一線を超える」つまり「侮辱する」という意味だったが、英語に入ってきたときに out + rage(怒り) と解釈されたためもとのフランス語にはない「激怒する」という意味が追加されてしまった
  • "Alcoholic"
    alcohol(アルコール) + ic と区切らず alco + holic と区切った結果 workaholic(仕事中毒) や chocoholic(チョコレート依存症) などの単語ができてしまった
  • "Apron"
    もともとは napron という単語で napkin(ナプキン、タオル) などと同じ語源だった。ところがそこに冠詞の a をつけて "a napron" と書くうちに冠詞と最初の文字がうまいこと合わさってしまい "an apron" に変化し apron になった

最後のエプロン apron の例は「んなアホな…」と思ってしまいますが、この「冠詞と合体して最初の文字が抜け落ちる」あるいは「他言語の冠詞がそのまま残ってしまう」といった冠詞がらみの変化というのは、異分析の王道パターンです。

冠詞が影響した例

たとえば上の例でも出た "alcohol" ですが、実はこの al というのはアラビア語の冠詞で、英語でいうところの the です。つまり英語で "the alcohol" と言ってしまうと本来は定冠詞が2つ重なることになってしまいます。韓国語で「チゲ」が鍋料理という意味なので「チゲ鍋」というと「鍋鍋」になってしまうのと似てますね。もちろん、これは単語を冠詞ごと英語に取り入れた結果であり、たぶんアラビア語圏の人からすれば変な言い回しなのでしょうが、まあ外来語というのは得てしてそういうもんです。

では、その冠詞に関連した例も見てみます。

  • "Another"
    "an other" が合体してひとつの単語になった。さらに現在では a だけが分離して "a whole nother"(まったく別のもの)という言い回しまで生まれている
  • "Nickname"
    もともとは eke(別の) + name(名前) で ekename という単語だったが、"an ekename" の冠詞が分離した結果 "a nekename" となり現在の nickname となった
  • "Alligator"
    ワニをあらわす alligator の語源はスペイン語で、定冠詞の el と トカゲという意味の lagarto が合体してできた言葉
  • "Umpire"
    語源は古フランス語の nonper(「同じ」per + 「ではない」non) という語。それが noumpere に変化し、さらに冠詞がついて最初の n が抜け落ちた。 "a noumpere" → "an oumpere" → "an umpire"

冠詞がらみのパターンは英語以外の言語でもみられます。

  • "Iskandar"
    アレクサンダー大王(Alexander)のことをアラビア語やペルシア語ではイスカンダル(Iskandar)と呼ぶ。これは al がアラビア語の定冠詞であることから、最初の2文字が抜け落ちて Alexander → Exander となり、さらに x[ks] の音が逆転(音位転換)して sk になった結果であると言われている
  • "Licorne"
    一角獣(Unicorn)を意味するフランス語は licorne だが、これはもともと unicorne だったものが、フランス語の不定冠詞の発音と似ていたために un/une + icorne と分離し、さらに今度は定冠詞 la がついて la + icorne (l'icorne) になった結果、現在の licorne に落ち着いたものとされている
  • "Omelette"
    もともとはラテン語で「薄い金属板」を意味する lamella(あるいはlamelle) が語源。それがフランス語に入って定冠詞がつき "la lemelle" と発音されるうちに合体して "l'alemelle" になり "alemelle" だけが残った。alemelle は剣やナイフの「刃」を意味する言葉となったが、その後さらに alemelle → alemette → amelette と変化していき、やがて薄い卵料理をその形状から amelette と呼ぶようになった。この amelette が omelette となり(母音が変わったのは「卵」を意味するフランス語 oeuf の影響?)、最終的に外来語として英語に入って omelet という単語になった

こう書くとオムレツの語源ってめちゃくちゃややこしいですね…。説明下手ですみません。

なお、語源というのは諸説あるので、間違いなくこれが正解!と言いきれないものも中にはあります。当然、この説明自体が異分析の可能性もあるわけです。たとえば、上で紹介した Licorne の語源はこの「冠詞が入れ替わった説」が割と有力だと思うのですが、ためしにWiktionaryとかを見てみると「イタリア語の lione(雌ライオン) と unicorno を合わせた liocorno から」みたいなことが書かれてあったりしてずっこけます。さらにそのページで挙げられている参考文献を読んでみると「icorne に冠詞がついて l'icorne になったもの」みたいな記述があってさらに混乱します。どっちやねん!


実は身近な異分析

冠詞がない言語とされる日本語では、こういう「冠詞の a に n が吸い取られた」とか「un が l' に変わった」みたいな事例は起こりませんが、外来語(カタカナ語)の区切り方を間違えるというのは割とよく目にします。たとえば大手ディスカウントストア「ドンキホーテ」を「ドンキ」と略したりしますよね。店名の由来はもちろんセルバンテスの小説『ドン・キホーテ』で、店舗ロゴでも「ドン.キホーテ」とピリオドで区切られているのですが、日本語の語感として言いやすいのか店内で流れているテーマソングのリズムのせいなのか、やはり「ドンキ」が一番しっくりきます。

『ドン・キホーテ』の挿絵 左のはドンペンくん…じゃなくてサンチョ・パンサ

あとはジョークや言葉遊びとして意図的に異分析のような現象を利用することもあります。「どこで区切ってんねん!」みたいなやつは大体そうです。ベタな例だと「パ・チンコ」とかですね。下ネタ繋がりでいうとナイツの漫才でドラマ「HERO」を「エッチ・エロ」と読むボケがありましたが、万が一この読み方が定着してしまうと数百年後には異分析として扱われているかもしれません。もちろんあくまでネタなので、これによって言葉自体が変容することはあまりないとは思いますが…。

以上「異分析」という字面は少しおカタいですが実は身の周りに溢れているという話でした。

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